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リーダーズ・ジャーナル

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2020年07月17日

目の前の患者さんを第一に。その軸があるから、迷いはない #002心臓外科   教授 國原 孝

「体だけでなく、心まで豊かになるような 医療を患者さんに届けたい」と話す國原医師

心筋梗塞や狭心症、大動脈・冠動脈の疾患など、心臓の病気を患う人々と向き合いながら、東京都「急性大動脈スーパーネットワーク」協力施設として緊急・重症の患者さんを受け入れるなど、ハイリスク症例にも果敢に挑む心臓外科。チームを率いるのは、日本ではまだ珍しい「大動脈弁形成術」の第一人者として知られる國原医師です。足かけ9年間にわたるドイツ留学時代に培われたという、國原医師の医療者としての信念に迫ります。

ドイツ留学でつかんだ「ぶれない医療」

自然に惹かれて北海道大学 医学部へ。 在学中はスキー・登山・釣りと、大自然を満喫した

内視鏡下手術、オフポンプ手術、そしてロボット手術。心臓の治療は今、どんどん「低侵襲」の方向に向かっています。従来の手術よりも傷が小さく、体への負担が軽くて快復も早いというのがその理由。しかし私は、この動きに疑問を感じています。「95%以上の症例にオフポンプ術を施行」「内視鏡下手術の施行率は97%」などと競い合うように先端医療を追いかけるその陰で、肝心の患者さんが置き去りにされている気がしてなりません。

例えば人工心肺装置を使い、心臓を止めて手術する従来のオンポンプ術と、心臓を動かしたまま手術するオフポンプ術を比べた時、果たしてどちらが患者さんのためになるのか。オフポンプ術はより生理的ではあるものの、血管をよけながら断崖絶壁のような狭い領域で施術しなければならないため、視野が悪く、術者の動きが制限されます。その結果、理想ではないところに吻合(ふんごう)したり、つなげるべきバイパスの本数を減らしたりと、工程を省略してしまうことも多い。

一方のオンポンプ術は、体への負担は増すものの、広々としたスペースで落ち着いて施術できるため、ミリ単位の正確さで行き届いた手術ができる。術後すぐの時点では両者の違いはわからなくても、10年、20年と長いスパンで見れば明らかな差が出てきます。

「ぶれない医療」とは、技術ファーストの医療とは 対極をなす、患者さん第一の医療

かくいう私も、かつて最先端を追いかけていた時期がありました。転機が訪れたのは、ドイツの大学病院に留学した時のこと。当時のドイツは日本よりも外科技術が進んでいましたが、先端医療とは一線を画すオーソドックスな手術が主流で、拍子抜けするほどでした。

けれど、心から満足して退院していく患者さんたちを見るにつけ、「ああ、そういうことか」と、その真意に気づかされていった。手術の目的は、安全に、確実に、患者さんを治すことです。なのに私は、「速く正確に縫合する」という肝心のスキルもそこそこに、本質とは関係のない枝葉ばかりに目を奪われていたんです。「患者ファースト」の姿勢こそ、医師が立ち返るべき医療の原点です。以来、「枝葉に振り回されず、いかなる時も『ぶれない医療』を貫こう」と、迷いなく思えるようになりました。

患者さんに合った治療法を、柔軟に選択する

ドイツ人は個人主義者。「まわりに流されず、 自分の信念を貫く生き方を学びました」

日々、患者さんと向き合う中で、「ぶれない医療」はどのような形で表れるのか。私が常に心がけているのは、幅広い治療法の中から、目の前の患者さんにとって最適な治療を見極めることです。

例えば心臓弁膜症では、悪くなった弁を取り替える「弁置換術」が一般的です。しかし私たちは、年齢が若くて体力のある方には自身の弁を温存する「弁形成術」を、持病があり体力が心配な方には、開胸手術をしない「カテーテル治療」をというように、患者さんの状態やライフスタイル、本人の希望を総合的に判断し、ベストな治療法を選んでいます。

「手術では心臓の細部、血管の一つひとつにまで 敬意を払い、丁寧に、丁寧に扱います」

患者さんに合わせて治療法を柔軟に選択するには、外科医として高いスキルが求められます。スキルを身につけるには、数をこなすよりほかありません。私のドイツ留学時代はまさに手術漬けの毎日で、1日3〜4例をこなすのは当たり前。しかも、日本よりも医療資源が限られていたために、それを腕でカバーすべく徹底的に鍛えられた。鍛錬のかいあって、帰国するころには難易度が高いことで知られる大動脈弁形成術も習得し、「どんな手術でも任せておけ」といえるだけの自信がつきました。

心臓外科では、緊急・重症・希少症例の患者さんも積極的に受け入れています。その一環として、2018年からは東京都「急性大動脈スーパーネットワーク」に参加。急性大動脈解離や大動脈瘤破裂など一刻を争う患者さんを迎えられるよう、24時間365日対応のホットラインと最新鋭の救急体制を整えています。

「慈恵にして良かった」。笑顔で退院してもらうために

「ぶれない医療」をともに実践する仲間たち。 「人間力のある医療者になってほしい」と國原医師

私が医師を志すようになったのは、10代のころの、ある不思議な巡り合わせがきっかけでした。私自身、経済的に恵まれない少年時代を過ごしたせいか、貧困や飢餓で苦しむアフリカの人たちを助ける仕事に就きたかった。そこへある時、一人の人物がこんな言葉をかけてくれたんです。「本気で人助けをしたいのなら、医者をめざしたらどうか。資金が必要なら援助するよ」と。

医学部進学を決意した私に、彼は約束通り、予備校の費用を支援してくれました。まるでドラマみたいな話でしょう。足長おじさんの正体は、中学校でお世話になった警備員さん。生徒たちを警備員室に招き入れては将来のアドバイスをしてくれる、とてもユニークな方でした。今の私があるのは、あの時に背中を押してくれた彼のおかげです。

「ぶれない医療」という幹を太く育てるには、同時に根を深く張らねばなりません。外科医である私にとってのそれは、「手術を成功させること」と「患者さんへの心の通ったケア」を両輪で実践すること。一番の願いは「ここで治療を受けて本当に良かった」と、晴れやかな笑顔で退院していただくことです。心臓手術という人生の一大イベントにふさわしい場を用意して、不安だった患者さんを笑顔にして送り出せたら――。そんなふうに思うのです。

退院した患者さんからのメッセージ。 ナースステーションのボードに貼って、日々の励みに

私たちのそうした想いを象徴する取組みが、退院する一人ひとりにお渡しする「寄せ書き」です。患者さんにかかわったすべてのスタッフが、「退院おめでとう」の気持ちを込めて言葉を贈るんですね。ありがたいことに受け取った患者さんの多くは、次に来院するときにメッセージを返してくださいます。喜びと感謝が詰まった手紙をいただくと、日ごろの疲れなど吹き飛んで、「よし、またがんばろう」と気持ちを新たにできるんです。

今、心臓に不安がある皆さんに伝えたい。どうぞ一人で抱え込まずに、慈恵大学病院(The Jikei University Hospital)の扉を叩いてください。受診した患者さんがたどる道は、千差万別です。ご高齢でも手術を選んで元気に快復される方も、手術をしないで経過観察する方もいる。あなたにとっての最良の道は、必ず見つかります。私たちと一緒に考えていきましょう。


※2020年8月時点の情報です。

ひと言解説

「心臓外科の世界は、30年以上経験した今も わからないことだらけ。興味は尽きません」

患者さん自身の弁を温存する「大動脈弁形成術」

心臓弁膜症の一種である「大動脈弁閉鎖不全症」は、大動脈弁の異常によって血液が逆流する疾患。重症患者さんへの治療法は、弁を機械弁や生体弁へと置き換える「弁置換術」が一般的です。しかし機械弁の場合は、扱いが難しい抗凝固薬を服用しなければならず、生体弁の場合は、劣化すると再手術が必要になるという欠点があります。

そうした難点を解消するのが、患者さん自身の弁を温存する「弁形成術」です。國原医師は、世界屈指の実績を誇るドイツの病院で研鑽を積んだ「大動脈弁形成術」のエキスパート。国内での普及をめざして、全国の心臓外科医を対象にしたトレーニングや手術の立会いに力を注いでいます。「65歳以下の方には、強くおすすめしたい治療法です。交換を勧められたあなたの弁、温存できるかもしれません」

心臓外科

教授 國原 孝

1991年、北海道大学 医学部卒業。2000年からはゲストドクターとして、2007年からはスタッフとして計9年間、ドイツのザールランド大学病院 胸部心臓血管外科に勤務し、臨床研修に取組む。心臓血管研究所付属病院 心臓血管外科部長を経て、2018年より現職。
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