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2026年08月27日
総合医科学研究センター 遺伝子治療研究部 講師 松島 小貴
[氏名肩書は記事公開当時]
GM1ガングリオシドーシスとは
GM1ガングリオシドーシスは、「ライソゾーム蓄積症」と呼ばれる遺伝性疾患の一つです。GLB1という遺伝子の異常によって、細胞の中で不要な物質を分解する酵素「βガラクトシダーゼ(β-gal)」が十分に働かなくなります。その結果、「GM1ガングリオシド」と呼ばれる物質が主に脳や神経細胞に蓄積し、神経細胞が障害されます。重症型では、生後数か月から発達の遅れや筋力低下、けいれんなどが現れ、進行すると歩行や会話ができなくなり、幼少期に命を落とすこともある非常に重い病気です。現在、GM1ガングリオシドーシスに対する有効な治療法は確立されていません。
脳へ酵素を届けることの難しさ
近年、ライソゾーム蓄積症に対しては「酵素補充療法」が用いられるようになっています。これは不足している酵素を点滴で補う治療法です。しかし、脳には「血液脳関門(BBB)」という強力なバリアがあり、通常の酵素は脳の中へほとんど届きません。そのため、神経症状が主体となるGM1ガングリオシドーシスでは、従来の酵素補充療法では十分な効果が期待できませんでした。
図1. 実験の概要。TfRに結合する酵素を発現するAAVを投与したマウス(右)では血流を介して脳を含む全身に治療酵素が運ばれる一方、酵素のみを発現するAAVを投与したマウス(左)では血流を循環する酵素がBBBを通過しないため末梢組織にのみ運ばれる。
トランスサイトーシスを利用した新しい遺伝子治療戦略
そこで私たちは、「脳へ酵素を届ける」ことを目的として、新しいAAV遺伝子治療法を開発しました。AAVはアデノ随伴ウイルスと呼ばれるウイルスを改変したもので、病気の原因となる遺伝子を体内へ運ぶ“運び屋”として利用されています。本研究では、β-galに加えて、「トランスフェリン受容体(TfR)」に結合する抗体断片を融合した特殊な酵素を設計しました。TfRは脳血管に多く存在しており、この仕組みを利用することで、酵素を血液から脳へ運ぶことを目指しました。
肝臓を“酵素工場”として利用
さらに、この融合酵素を肝臓で継続的に産生させるため、肝臓特異的プロモーターを搭載したAAVベクターを作製しました。つまり、肝臓を“酵素工場”として利用し、血液中へ酵素を持続的に分泌させる戦略です。治療は1回の静脈内投与のみで行いました。
図2. マウス大脳の免疫染色。病気(中央)で神経細胞に蓄積していた糖脂質が治療によりほぼ消失した(右)。緑:蓄積物質、青:細胞核。
マウスモデルで脳病変、運動機能が大きく改善
M1モデルマウスにこのAAVを投与したところ、血液中のβ-gal活性は長期間高い状態で維持されました。肝臓や脾臓などの末梢臓器だけでなく、これまで治療が難しかった脳においても酵素活性の上昇が認められました。一方、TfR抗体を融合していない通常のβ-galでは、脳への十分な移行はみられませんでした。
さらに重要なことに、脳内に蓄積していたGM1ガングリオシドは大きく減少し、多くの脳領域では正常マウスとほぼ同程度まで改善しました(図2)。これにより脳の神経炎症マーカーの低下、運動機能についても、ロタロッド試験や歩行解析など複数の行動学的評価で改善が認められました。また、寿命も延長しました(図3)。
図3. 生存曲線。WT:正常、NT:未治療、βgal:酵素発現AAV治療、Tβgal:TfR抗体融合酵素発現AAV治療。
今後の展望
本研究は、「静脈内投与」という比較的低侵襲な方法で、脳へ酵素を届けられる可能性を示した点に大きな意義があります。現在、GM1ガングリオシドーシスに対する遺伝子治療の臨床試験は主に米国で進められていますが、多くは大量のAAV投与や脳脊髄液への直接投与を必要としています。本研究の方法は、より低用量かつ低侵襲な治療法につながる可能性があります。
さらに、この「TfRを利用して脳へ酵素を届ける」という考え方は、GM1ガングリオシドーシスだけでなく、他の中枢神経症状を伴うライソゾーム蓄積症にも応用できる可能性があります。今後は、ヒト型TfRに対応した改良や安全性評価を進め、臨床応用を目指した研究を継続していきます。

研究者の現場
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〜根治療法のない神経変性疾患に対する新規AAV遺伝子治療の開発〜
総合医科学研究センター遺伝子治療研究部 講師 松島 小貴
2026年08月27日

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