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安全で質の高い医療を提供することが我々の使命ですが、「安全」とはどのようなことを示す言葉でしょうか。一般的には、「危険なことが起こらない状態」あるいは「最低限許容できる範囲での危険しか起こらない状態」などと定義されています。同じことが「健康」という言葉にも当てはまり、「健康とは病気でないこと」と言われることがあるように、「ある状態とは逆の状態ではないこと」と曖昧に定義されています。どちらかというと、後ろ向きの考えで、逆は必ずしも真ならず、もう少し前向きになる必要があります。「健康とは、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態のことであり、単に病気や虚弱の欠如という状態ではない」とWHO憲章を定義されているように、ただ「危険が起こらなければ安全だ」ではなく、より安全で質の高い、満足できる医療を提供することが、我々の目指す医療安全であり、全員がそれを意識して、前向きに取り組むことが医療安全文化と考えています。慈恵医大附属病院では、誰が誰にでも何でも言い合える(アサーティブといいます)環境を作ることで、医療安全が文化として根付き、本当の意味での前向きな安全を意識した医療が提供できるよう、様々な取り組みを行っています。
慈恵医大附属病院医療安全推進部では、最も安全で質の高い医療を提供できる病院になることを目標に、2つの事を意識して医療安全推進活動に取り組んでいます。ひとつは「安全性を高めるチーム医療を行う」ということです。多くの医療事故にチームワーク不良が関係しており、より安全な行為を行うために、チームワークを良好にして、個人の限界をチームでカバーできる,何でも言い合えるアサーティブなチームを作つくる必要があります。そのため当院では、医療の安全性を高めるキーワードをチームワークと考え、「医療の成果と安全を高めるための良好なチームワークを作りあげる方法」がまとめられたチームステップスという患者安全推進策を、当院の現状や問題点にあわせてアレンジし活用しています。オリジナルのチームステップスの内容は、http://teamstepps.ahrq.govに詳しく書かれていますのでご興味のあるかたは参照してください。チームステップスは米国で作られた患者安全推進策で、文化も体制も異なる当院で、全てをそのまま取り入れることは適切ではないと考え、また、そこに示されている教育や研修方法を全て取り入れることはできませんでした。我々の目的は、チームステップスに取り組むことではなく、その内容や目的を理解して、自分たちなりのノンテクニカルスキル(個人の能力をチームで共有し,活用する能力)を生み出すことであり、出発点も「チームとして何でも言い合える環境を作る」というものでした。そのきっかけとしてチームステップスのエッセンスを活用しやすいように、慈恵医大の教職員がわかりやすいように、オリジナルの内容から差し引きして、当院の安全推進活動に役立てています。
もう一つ意識して取り組んでいることは「基本的安全確認行為を励行する」ということです。医療事故の大部分は、聞き違いや受け取り違いなどのコミュニケーションエラーと、人や物品の確認時の勘違い、うっかり間違いなど、不完全な人の行動特性によるものでしめられています。人間には、真っ先に頭に浮かんだ結論で対応する(速い思考)、自分にとって最もすんなり考えられるように理解する(ヒューリスティックス)、理由をつけて自分の考えや行動を肯定する、物語を作って変化を正常だと考え受け入れない、などといった、危険性を高める認知特性があります。そのため、個別の出来事に対していくら決まりやマニュアルを作っても、それを覚えていられない、忘れる、やらない人間の特性を考えると、それだけで安全対策を行ったと考える事は不適切です。危険性に結びつく人間の特性を少しでも回避し、ちょっと待ったそれで良いのか?と遅い思考を働かせるための決まり事である基本的安全確認行為を意識的にやらせる、そのような対策が全体としての安全性をたかめるために必要と考えています。院内の取り組みとして力を入れている基本的安全確認行為には、指さし声だし確認、名前の相互確認、効果的なダブルチェック、チェックバック、具体的発信となどがあります。医療現場よりも事故頻度の少ない職種で行われているこのような確認行為を、より事故発生頻度の高い医療現場で行わないのはナンセンスであり、前向きな安全推進策の一環として、各種研修会での実施をとして現場での励行に努めています。
医療安全推進部の最終的な目標は、チーム医療と基本的安全確認行為を習慣化して「HRO (High Reliability Organization:高信頼性組織)」になることです。HROとは、危険な環境で危険な行為を行い、満足できる成果を残し、周囲から信頼される組織を示す言葉です。医療は、不安定な患者さんに、不完全な人間である医療者が、複数集まって、危険性を伴う処置をすることであり、安全で質の高い成果を残すことで周囲からの信頼を勝ち取り、HROとして認められる必要があります。チームステップスへの取り組み目標も、結果として安全意識が文化として根付き醸成され、HROとして認められること、と捉えています。一般的にHROになるには5つの要素が必要とされています。
チームステップスはTeam Strategies and Tools to Enhance Performance and Patient Safetyの略で、医療の成果と安全を高めるために良好なチームワークを作り上げるためにチームで取り組む方法がまとめられた患者安全推進策で、米国国防総省や航空業界などのHROでの事故対策実績を元に米国で作成された安全推進策です。知識や技術、気づき、というスキル(技術)を個人がいくら持っていても、チームで行う医療現場では、それを発揮できなければ宝の持ち腐れになります。発信する意識、受け入れる環境、みんなで安全安心な医療をチームで提供するというメンタルモデルを共有する姿勢が求められます。個人のスキルを発信し、チームで共有する能力をノンテクニカルスキルといいますが、チームステップスは、安全性向上に必須なノンテクニカルスキルを高める方法であるとも言えます。
チームステップスエッセンシャルコース
紙を切って鎖を作るゲームをしながらチームワークの重要性や構成要素を体験します。
医療事故原因を解析すると、様々な状況でのチームワークの不良というキーワードがあることがわかっています。チームステップスは、様々な職種で構成される患者さんを含めたチーム構成を理解し、リーダーシップ、状況モニタリング、相互支援、コミュニケーションという4つの主要技能を体得・実践することで、医療事故の多くに関係するチームワークを良好にして、医療行為に関する認識、理解、知識などの改善、向上をはかる方法がまとめられた安全推進策です。それぞれについての簡単な説明と当院での活用方法を示します。
複雑な患者さんが多い大学病院では、ひとつの診療科だけでは対応が不可能です。担当する医師、看護師だけではなく、全ての職種が医療チームであることを意識して、安全性を高めるためのチーム医療に積極的に参加しています。しかし、我々の力だけでは医療の安全性を確保することはできません。患者さん自身にもチームの一員であることを意識していただく必要があります。患者さんの参加なくして医療の安全性向上はありません。我々の病院では図に示したように、医療チームという大きなボールの中に、患者さんを含めた多くの職種が入っており、お互い垣根なく何でも言い合える環境を意識しています。
チームステップスにおけるチーム構成
コミュニケーションエラーが関係した医療事故は全体の2/3以上を占めるとされています。チームステップスでは様々な形式で行われるチームメンバー間の情報伝達を確実に行う方法が示されています。
ISBAR(エスバー)
重要性・緊急性を確実に伝えるため、状況報告する際に、状況・背景・考察・提案に分けて伝達する方法
S:状況(○○さんの状況は...です)
(患者に何が起こっているのか)
B:患者背景(患者背景は...です)
(患者の臨床的背景は何か)
A:アセスメント、評価(私は...と考えます)
(問題に対する自分の考えは何か)
R:提案(だから...してほしいのですが)
(問題に対する自分の提案は何か)
チェックバック
情報を伝える際には、①「...お願いします」②「繰り返します...ですね」③「そうです、お願いします」
意識的に「繰り返します」と「そうです」を使い、会話のループを閉じる。
「○○さんに酸素、5リットルお願いします」
「繰り返します、○○さんに酸素5リットルですね」
「そうです、○○さんに酸素5リットルお願いします」
繰り返さなかったら「チェックバックしてください」と依頼
チーム活動を理解し、変化する情報や目標をチームメンバーと共有し、必要な人的・物的資源を確実に供給することによりチームメンバーの活動を調整する能力を示します。
チームとして協働するために、患者さん、同僚、自分の状況を積極的に解析・評価し、それを周囲に発信し、共有することで、エラーの発生を防止する方法を示します。
スピークアップ
自分が気づいたことは、患者を守る宝物!
気づきを積極的に発信し、チームワークを高めて傾聴する。
「ここが危ないと思います」
「こんな感じでやった方が良いと思います」
後悔先に立たず、あのとき言っておけば...にならないために、積極的に提案。
患者さんにもスピークアップしてもらいましょう!
チームメンバーの労働負荷や知識・認識を正確に評価し、安全推進のため労働や知識を積極的に支援する能力を示します。
2回チャレンジルール
患者の安全のために、自分の気づきや考えを最低2回は発信するルール
☆安全第一の指摘は非難されない
①「...と思うのですが」
②そんなことないよ、このままでいいから」
で引き下がらず
③でも、...という変化もあるので、どうでしょうか
ただ繰り返すのではなく、正確な判断を下すために必要な情報を追加したり表現方法を変えたりする。
医療安全に終わりはありません。冒頭にも述べましたが、患者さんを医療チームの一員に迎え、医療従事者がチームを意識して同じ方向を向いて医療行為を行うことが必須と考えます。「目は口ほどにものを言う」あるいは「沈黙は金」という諺が美徳とされる控えめな日本人が関わる医療現場では、誰もが自由に発言できる環境というのは、多少受け入れがたいものかもしれません。しかし当院は、チームステップスを推進し、患者さんの安全を第一に考え、職種や年代の垣根を越えた良好なチームワークに根付いた最も安全な大学病院を目指して、また周囲から信頼されるHRO(高信頼性組織)になることを目指して、一丸となって取り組んでいます。単に「危険なことが起こらない状態が安全である」ととらえるのではなく、「より安全で質の高い医療を提供することが医療安全である」という意識を持ち、安全が文化として根付き醸成されるよう日々の医療を行っています。
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